弁護士出向とは何なのか

本記事は、「裏法務系AdventCalendar2023」23日目のエントリーです。

何か真面目な法律の話や面白いことを書こうと思っていたのですが、12月の忙しさをなめており、結局身を削るような話しか出せなくなってしまいました。

私は弁護士ですが、過去官庁に出向をしていました。それなりの規模の企業法務系と呼ばれる事務所に所属する弁護士にとって、出向はよくあるキャリアの一つですが、実際のところどういう意味があるのかというところについて、現時点で考えていることを述べたいと思います。

なお、本記事は過去に所属した組織や、現在所属する組織とは無関係です。

出向する理由

私自身、もともと弁護士になる前から公務員になることに興味がありました。修習中に裁判官に誘っていただいた際も、法務省に出向するチャンスがあるぞ、ということをアピールされる程度には、一度は官庁出向をしたいということに重きを置いていました。

その後、実務に出て、この分野を自分の専門性の柱にしたいというものを見つけて、じゃあどうやってキャリアを組み立てていけばいいのかを考え始めたとき、思い浮かんだことが、出向し経歴に「〇〇に出向」という文言が入れば、わかりやすく自分が何の専門家かをアピールできるのではないかということでした。

また、当時同じ事務所に自分と同じような分野をやっている弁護士が複数おり、何かしら自分にしかないキャラクターをつけなければ事務所の中ですらやっていけないと思ったことも理由の一つになりました。

出向して何をするのかということは深く考えておらず、もしかしたら法改正の仕事ができるかも…のようなことは考えていました。この深く考えていなかったことだけは後々少し後悔します。

他の出向者をみると、弁護士業のストレスが強すぎるのでいったん離れてみたかったとか、事務所に命じられてきたですとか、家庭の都合など私生活を大事にするため2年間出向したというような人が多いようです。また、新卒で入った事務所からステップアップするために出向という選択を取る人もいました(そういう先生方は出向後にその専門性を生かしてちゃんと転職されています。)。

実際に何をしていたのか

個々の事案に関する法解釈の仕事がほとんどでしたが、検討会を立ち上げて事務局をして報告書を作ったり、改正法の解釈を深めるためのドキュメントを作ったりしていました。国会対応もしましたし、大臣レクに行くこともありました。

問題の法改正業務ですが、いわゆる法制局に通って法文を作ってというところは経験できませんでした。よく考えれば当たり前なのですが、法改正のタイミングがほぼ5年ごとと決まっているにもかかわらず、改正法の公布直後に出向に行ったため、最初の1年は改正法の解釈を示す仕事が主でした。

もともと結構ニッチな分野の法律ではあったのですが、その中のさらにニッチな論点について、毎日毎日同僚と議論をし、リサーチをし、研究者の方や事業者の方と議論をし、その結果を公表できることもあるし、公表できることはないという結論に至ることもありました。

よく出向先に対して、こういうことについての見解を示してほしいとか、議論してほしいという声を見かけるのですが、本当にいろんな問題を把握してますし、議論もされているのになと思います。およそTwitterなどで話題になるようなことであれば、当然問題意識は持っているかと思います。問題があるにもかかわらず、公式に示されたものがないということも含めて、解釈を考える必要があるのではないかなと思っています。

出向して初めて気づいたこと

専門家としては、この組織はこういう問題をこういう風に考えるんだなとか、この組織が公表する文章はこういう風に解釈すべきなんだなといったことはよく理解できたように思うのですが、キャリアとの関係では、出向元の事務所は私にとってとてもいい事務所だったんだなということに気づかされました。これはとても意外でした。

・一つ目は、法律事務所というのは、同じような技能をもった人の集まりであるということに今更ながら気づきました。一緒に働く人が、法律を読めばある程度同じように解釈をし、それを前提に議論ができるというのは、極めて特殊な環境だということに出向に行くまで気づいていませんでした。法律が専門分野ではない人と議論をしていると、なんでその法文をそんな風に解釈することを前提にしているの?と思うことがたまにありましたが、いざなぜその解釈がおかしいのかを説明しようとすると、うまく言語化できず、自分が感覚で仕事をしている部分にも気づかされました。

・二つ目は、仕事に対する価値観が同じ人と働くことはとても楽だということです。

出向元の事務所は、パートナーも含めて新卒から事務所に入った人がほとんどの事務所で、仕事に求めるクオリティや、どういうスタンスで仕事をするのか(徹底的にやり抜くことを重視するのか、うまくまとめることを重視するのか、など)、クライアントにどういうものを提供するべきか、などの価値観が基本的には一致している方だと思います。そうすると、どのパートナー、先輩と仕事をしても、こういう指摘が来るだろうということは予測ができるので、先回りしてうまく準備もしておけるわけです。

他方、出向中は、そもそも自分の弁護士的な発想を官庁の発想にチューニングするだけでも大変なうえ、出向先は出向者の集合体のような組織だったので、一つの共通する価値観がなかなか見出しにくい環境でした。いろんな人の意見を聞けることはとても面白い一方、そもそも右に進むのか左に進むのかというところから調整しないといけない仕事に、非常に苦労しました。

でも、似たような人と働くのと、違う意見を持った人と働くことと、どちらがいいということでもないとは思います。似たような人と働くことは楽だけど、楽だというだけでいいわけではないようにも思います。

一つ目と二つ目は、きっと法務部の方が日ごろ社内で感じていることでもあるのかなと思い、自分は外部弁護士としてその大変さを少しでも取り除けるようなプロダクトを提供しなければならないなとも気づかされました。

・三つめは、自分を受け入れてくれる環境、自分が無理なく働ける環境は貴重ということでした。これは、自分のことをかわいがってくれる上司に出会えたことは人生最大の幸運だったという話なのですが、わたしは目上の人を立てることがすごく苦手で、生意気で、どんなに期が上のパートナーだろうと著名な人だろうと権威ある先生だろうと、案件で自分が納得できなければ議論を挑もうとしてしまうところがありました。出向元で一緒に仕事をしていた先生方は、そういう自分の特性をうまくコントロールして使っていてくれていたのだと思います。もちろん出向先でも自分のことを評価してくれた方はいて、うまく使っていただいていたと思います。でも、出向元ほど自分にとって居心地のいい環境はないだろうから、絶対に転職するのはやめようと思うに至りました。

弁護士に戻ってきてどう?

出向に行っていたというただそれだけの事実をもって劇的に何かが変わるわけではありませんでした。出向に行っても行かなくても、今の年次ならこれぐらいの仕事をしていたのかなと思うような仕事をさせてもらっています。

ときどき、クライアントの方から、行政指導の可能性などを聞かれることがあるのですが、とても難しい質問だなと感じています。このぐらいのことなら、大々的な指導を受ける可能性はほぼないだろうな、という感覚は当然あるのですが、根拠のない感覚論の話をしてもしょうがないですしね。出向先も、どんどん人が変わっていくので、自分の感覚だけを頼りにするわけにもいかず、実際は出向先が公表する文書を今もめちゃくちゃ研究しています。

一つ変わったことがあるとすれば、出向先で取り扱っていた分野について、それなりに詳しい方だという自信が持てるようになったことでしょうか。弁護士に復帰してからよく情報発信をするようになりましたが、これも自分はそれなりにこの分野に詳しいはずであるという自信がなければ到底できなかったと思います。

結局当たり前のことではありますが、出向をしてそれだけで人生が変わるなんてことはなく、出向から戻ってきてどれだけ頑張れるかが全てなんだろうと思います。

官庁出向をおすすめする人

最後に、官庁出向を勧められる人を挙げておきます。

・特定分野の専門性をもってやっていくんだという覚悟ができている人

・出向経験を出向後にどう活かすのかをイメージできている人

・協調性のある人

 

でも、いろいろ言いましたが、本当に同僚や上司に恵まれ、毎日毎日自分の好きな分野の検討・議論をし続けることが許される環境というのは本当に最高でした。自分の社会人人生をいつか振り返ったときに、一番幸せだった時期として思い出すのは出向期間なんじゃないかなと思います。

一応匿名ブログということで、どこに出向していたのかをぼやかしてしまったので、よくわからない感じになってしまいましたが、許していただければ幸いです!

出向時代に考えていたことの話自体は、いろいろしたいなと思いつつ、全然機会がなかったので、またどこかリアルで誰かにお話ししてみたいです。

 

それでは皆様よいお年をお迎えください!